公開経営指導協会の理事長・喜多村豊氏がさまざまな分野の経営者と、日本を元気にするための英智を語り合うリレー対談。第3回は三洋電機のDNAを受け継ぐモノづくりベンチャー企業、株式会社シリウスの代表取締役・亀井隆平さんにお話を伺いました。
シリウスの目指すものは、新市場創造型商品(MIP)の開発
喜多村: 今回はモノづくりの分野を代表して、株式会社シリウスの亀井代表にお越しいただきました。亀井さんは、大学卒業後に衆議院議員だった故・浜田幸一さんの私設秘書を2年間務め、その後、三洋電機に入社するといったユニークな経歴をお持ちでいらっしゃいます。現在、経営されている株式会社シリウスは、どのような会社でしょうか?
亀井:私どもは、御徒町に本社のある2008年創業のベンチャー企業でして、社員17名の小さな会社です。当初は空気清浄機や加湿器で製造業に参入し、2017年には水洗いクリーナーヘッド「switle(スイトル)」を開発し、コードレスクリーナーとして商品化しました。「switle」は、日本イノベーター大賞の優秀賞を受賞しまして、このときの1位が有名なメルカリさんで、2位が私たちシリウスだったため、これを機に一躍知られるようになりました。
喜多村:「switle」が評価されたのはどのようなところでしょうか?
亀井:これまでカーペットやソファ、マットレスなどのファブリック製品に飲みこぼしや食べこぼしをしてしまった際、あるいはペットが粗相をした際、汚れを取り除くには雑巾で拭くしか方法がありませんでした。「switle」はそれを解決するもので、水をジャーッと吹き付けながら同時に吸い取るという水洗いクリーナーヘッドです。汚してしまったファブリック製品がたちまちきれいになるということで、累計10万台売れまして、弊社の成長のカギとなりました。
喜多村:亀井さんには、ぜひ、モノづくりに対する考え方をお聞きしたかったのですが、そうしたヒット商品を生み出すに当たって、大切にしていることは何でしょうか?
亀井:モノづくりに重要なのは決してR&D(リサーチ・アンド・デベロップメント=研究開発)だけではありません。私自身、国士舘の体育学部の出身で、実は柔道選手として三洋電気に入社しました。三洋電機では石油ファンヒーターとか加湿器などを扱う部署で、営業、商品企画、マーケティング、CRM、経営企画など、さまざまな経験を積んできましたから。つくるだけではなく、つねに世の中の情報にアンテナを張り巡らせた、徹底したマーケティングが大切だと思っています。
喜多村:あくまでマーケティングにこだわった開発手法を行なっているわけですね。
亀井: はい。弊社の目指しているのはMIP(Marketing Initiating Product)、いわば消費者が生活上で感じる「こまった」を解決することで、新たな市場を創造し、生活に変化をもたらす新市場創造型商品です。「こういう商品があったら問題が解決するのにな」といった商品を作った時にこそ、新たな市場が生まれるという考え方ですね。 喜多村: 公開経営指導協会の創始者である喜多村実は「売上とは、お客様の支持率である」と言っていました。お客様は何かご自身にとって有利になるものを買ってくださると。それは亀井さんのおっしゃったような「こまった」を解決してくれる商品を考え、提供することにも通じると思います。
超高齢化社会における介護入浴の問題を、省力化で解消
喜多村:今回、シリウスさんは、社会的にも大変な問題となっている介護の負担を解消する商品として「switle BODY(スイトルボディ)」を開発され、5月には地上波で特集番組が組まれているとお聞きしています。その開発秘話についてもお伺いできますか。
亀井:「switle BODY」は、先ほどのswitleの吸引技術を応用した、世界初の介護用洗身用具です。入浴が困難なお年寄りや体の不自由な方を、普段使っているベッドに寝かせたまま、介護者一人だけで洗ってあげられるのが特徴で、体に適温のお湯を吹きかけ、同時にそのお湯を吸い取っていく。お湯で洗うのに液だれすることなく、お布団やシーツを濡らさないという画期的な商品です。
喜多村:超高齢化社会は、消費者の「こまった」である以上に、日本がこれから直面する大きな問題でもありますね。
亀井:ええ、まず、団塊世代が後期高齢者になる2025年問題、さらには団塊ジュニア世代が非生産年齢に差し掛かる2040年問題も控えています。その日本の抱える問題に対して「シリウスの技術で何か貢献できないか」と考えたとき、着目したのが介護者の負担の大きい「入浴介助」でした。2000年に184万人だった介護サービスの利用者は、2040年には746万人に達します。かといって、介護施設が増えるわけではなく、国の施策も、居宅介護でなんとかして下さいという状態ですね。
喜多村:自宅で介護といっても、介護に携わる方々自体、すでに人手不足だと言われています。
亀井:介護職員は来年には32万人、2040年には69万人不足すると言われています。「訪問入浴」というお風呂を持ってきてくれるサービスもあるのですが、訪問入浴は医療行為とされていて、介護士、オペレーター、看護師の3人1組でないとできません。問診や体温測定を行い、抱えたりリフトを使ってお風呂に入れて、体を洗って拭いて、約1時間の力仕事です。1日3件程度しか回れず、人件費もかかるため、訪問入浴の事業所は2000年代に比べて40%も減っているそうです。
喜多村:介護職員も高齢化が進んでいるのではないですか?
亀井:施設の介護職員は平均で40歳くらいなのですが、お爺ちゃんお婆ちゃんの家に行き、掃除や洗濯、買い物や料理をしたり、体を拭いてあげたりする訪問介護の職員の平均年齢は55.5歳。20代は1%しかいないんです。私の母親は、入浴中にお風呂の栓を抜いてしまい、足が悪いので立ち上がれなくなったことがあります。体格の良い私でも母親を起こすのは至難の技で、自宅での入浴介助は本当に大変です。そうした経験も踏まえて「switle BODY」が介護入浴の省力化や、人手不足の解消につながればと思っています。
喜多村:そうしますと、この商品は介護施設のほかに、訪問介護やご自宅での利用も想定されているわけですか。
亀井:特養や介護付き有料老人ホームのほか、医療機関での術後の療養時ですとか、居宅療養する個人宅でもお使いいただけます。女性ひとりで運べるほどコンパクトですし、操作も非常に簡単です。来年4月からの介護保険の適用も目指しておりまして、介護のエキスパートを雇用し、エビデンスを得るために国士舘大学との産学連携事業も始めました。価格は税込で184,800円ですが、介護保険が適用されれば月額1,000円程度でのレンタルも可能になります。
日本から世界を目指す“三洋イズム” を若い社員に継承していきたい
喜多村:先日の能登半島地震の際にも「switle BODY」が活躍したとお聞きしました。
亀井:イメージキャラクターになっていただいているタレントの清水国明さんが被災地でトレーラーハウスを運搬することになったんです。その際、清水さんから「switle BODY、なんとかならへんか」とお声がけがあり、試作品を現地に持ち込みました。避難所でも大変喜んでもらえました。
喜多村:断水でお風呂に入れないのは、被災後の深刻な問題ですよね。「switle BODY」だと1人あたり1リットルのお湯で体を洗うことができるというのは本当ですか?
亀井:ええ、本当です。施設入浴では、1人洗うのに1000リットルのお湯が必要になるんですよね。例えば2回の入浴のうち1回を「switle BODY」にすると、省力化だけでなく、使うお湯の量を半減することができます。介護施設であれば、その分のコストを施設の補修費用などに充てることもできるのではないでしょうか。
喜多村:介護現場の人手不足といった問題解決以外にも、節水ですとか環境面でもメリットがあるのですね。今後の展望についてですが、どのような商品開発をお考えですか?
亀井:弊社のビジョンのひとつに「社会貢献」があるのですが、いま喜多村さんがおっしゃったように、昨今では夏場の水不足が問題となったり、世界には水1リットルの値段がガソリンの何倍もするような国もあります。そうした社会問題に一石を投じるような商品開発を今後も続けていきたいと考えています。
喜多村:今の時代、日本を元気にすることは、世界の諸問題の解決にもつながってくるわけですね。今回の対談では「人財」というテーマについてもお聞きしているのですが、御社ではどのような人財を育てて日本を元気にしたいと考えていますか?
亀井:パナソニックと統合する前まで私がお世話になった三洋電機の「三洋」とは、太平洋・大西洋・インド洋を意味しています。三洋電機は家電メーカーとしては後発だったため、日本国内で先発メーカーに勝てずとも、その分、世界で戦っていく精神がありました。また、ブランド力より人間力で売っていくという社風もありました。弊社では、地元の高校から4名の社員を採用しているのですが、今の新入社員は三洋電機の存在も知らない世代です。私たちシリウスは小さな会社ではありますが、若い社員に三洋イズムのいいところを継承させ、三洋電機のように世界に打って出る人財を育てていきたいと考えています。
喜多村:私たちの流通・小売業界からすると、メーカーさんは川上にいらっしゃって、私たちは消費者に近い川下で商いをしています。その中で物を売るという仕事は、単なるお金ともののやり取りではなく、本日お話いただいたようなメーカーさんの商品開発に対する想いですとか、カタログにない部分をしっかりお客様にお伝えし、一方でお客様からの声を川上にお届けすることが大切だと改めて感じます。本日はありがとうございました。
◆亀井隆平(かめい りゅうへい)
1989年三洋電機に入社し、退社するまでの21年間、営業、商品企画、マーケティング、CRMなどさまざまな業務を経験。
2011年、株式会社シリウス代表取締役に就任。
モンゴル国に次亜塩素酸空気清浄機「Viruswasher」を寄贈するなど感染症対策に貢献したことから、2022年、同国の最高勲章「北極星勲章」を受章。
株式会社シリウス
所在地:東京都台東区東上野1-14-9 中島ビル2F
URL: https://www.sirius-agent.co.jp/
◆喜多村豊(きたむら ゆたか)
一般社団法人 公開経営指導協会 理事長
株式会社ティーケートラックス 代表取締役社長
学校法人早稲田実業学校 評議員理事・校友会副会長
一般社団法人 公開経営指導協会
所在地:東京都中央区銀座2-10-18 東京都中小企業会館内
URL: https://www.jcinet.or.jp/