「遊びの極み」が愉しめる大人の社交場を―― 次世代型「美食×エンタメ」空間を 銀座に生み出す仕掛け人の正体とは?

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銀座に「美食倶楽部」が誕生します――。そう聞いて、マンガ『美味しんぼ』に出てくる会員制料亭を思い出す人もいるでしょう。選ばれた会員のみが「遊びの極み」を堪能できる空間として、超一流の料理人による最高の食と、極上のライブエンターテイメントを提供するとのこと。なぜ今、“リアル美食倶楽部”ともいえる大人の社交場をつくるのでしょうか。仕掛け人に直撃取材すると、意外な「日本の食」の現状が見えてきました。

目次

「真のVIP層が集う空間」の仕掛け人がたどった異色のキャリア

銀座に誕生する美食倶楽部の店名は『美味礼讃』。フランスの美食家であるブリア・サヴァランの名著と同名です。あえて真っ向から美食のスタンダードに立ち向かっているところに、志の高さが感じられます。

こだわりは料理だけではありません。高さ6メートルのダイナミックな吹き抜けを有するメインフロアには、『鬼滅の刃』の無限城を思わせる段差状の床を設置。刹那的な華やかさを放つ中で、プロジェクションマッピングを駆使した幻想的な空間を創出しています。

一転して個室は贅を尽くした和空間とし、通常フロアと別動線のエントランスを用意するなどVIP仕様を徹底しているのも見逃せません。

「銀座の“粋”な遊びを愉しむ、地位と社交性が備わった真のVIP層が集う空間を目指しています」と話すこの店の仕掛け人は、全国100店舗以上の飲食店をプロデュースしてきた斎藤雄大さん。大手町最大規模のビジネスセンターである大手町プレイスで2023年5月にオープンしたフレンチレストラン「Bulls Tokyo」のオーナーでもあります。

斎藤さんが「美味礼賛」を立ち上げようと考えたのはなぜでしょうか。詳しく話を聞いていくと、料理に対する熱い思いが底にあることがわかってきました。

「私は飽きっぽい人間なんですが、料理だけは違います」と語る斎藤さんの料理人生は、10歳に満たない頃から始まりました。

「6歳で父を亡くし、母が働いていたため、当たり前のように料理をやっていました。たまに外食をすると、子どもなりに刺激を受けるんですね。帰ってから真似をしてつくるということをよくやっていました。母は海外生活が長かったこともあって、親しい人を招いてパーティをするのが好きだったのですが、小学5年生くらいのときにはその料理を全て私がつくっていたんです」

パーティで料理をつくる楽しさだけでなく、喜ばれたり褒められたりすることのうれしさに目覚めた斎藤さん。外食で目にするコックさんの立ち居振る舞いにも憧れ、料理人として生きようと考えるようになりました。

「高校を卒業したら料理の専門学校に行こうと思ったんですが、なぜか母に反対されたんですね。じゃあ自分で学費を稼ごうと思い、ジュエリー業界に入って3年ほど働きました。そうしているうちに、専門学校じゃなくて現場で覚えたほうが早いんじゃないかと思うようになったんです」

そのとき、斎藤さんは21歳。「料理人としては遅いスタートだった」うえに、専門学校を経るといった就職ルートもありません。しかも、テレビ番組『料理の鉄人』が大ブームの時期で、料理人志望者はたくさんいました。有名どころを片っ端から訪ねて直談判したものの、どこからも門前払い。ツテを頼ってどうにか蕎麦店に入り込み、紆余曲折を経てフレンチレストランに入りますが、わずか3カ月で辞めてしまいます。

「基本的な調理技術もないのに、何を言っているのかわからないフランス語でガンガン怒られるので、やってられないと思っちゃんたんですね。でも、1カ月ほどフラフラしていて、やっぱり料理をやりたいと思ったので店に行って謝ったんです。そうしたらシェフに『お前はまず小さな店にいけ』といわれて、渋谷のビストロを紹介してもらいました」

夫婦で営む小さなビストロ。斎藤さんは、ここでの経験が「私の核となるものをつくってくれた」と明かします。

「まだワインがそれほど浸透していなかった当時、真剣に料理とのマリアージュに取り組んでいました。料理もひとつひとつの素材を吟味した丁寧なものでした。フレンチのベースとなる部分を、シェフのすぐ近くでしっかりと学べたのは幸運でした」

料理とワインのマリアージュだけでなく、空間づくりを含めたおもてなしまで細かく気を配っている店だったのも大きかったといいます。

「今振り返っても、かなりレベルの高い店舗運営をされていました。だから14席程度の小さな店でしたけれど、さまざまな業界のエグゼクティブが足繁く通っていたんです。大人たちが集う社交場になっていて、その雰囲気がすごく好きでした」

コロナ禍での料理人の激減に募らせた「食文化」への危機感

料理だけでなく、ワインとの組み合わせや空間づくり、おもてなしまで総合的につくりあげると、上質なコミュニティまで形成する繁盛店になる――。斎藤さんは、ビストロを経てホテルやレストランで腕を磨き28歳で独立すると、この経験をフルに生かしました。結果、わずか1年で2店舗目を出店し、2年半で4店舗まで展開。弁当店を買収してケータリング事業にも乗り出します。

「でも、組織のマネジメントが全くできていなくて、1店舗目のスタッフが全員退職してしまったんです。それで経営が立ち行かなくなり、会社をつぶしてしまいました」

順風満帆だったはずが、全てを失って1億6000万円の借金を抱える身になってしまった斎藤さん。窮地を救ってくれたのは、おもてなしで獲得したファンでした。ちょうどITバブルの時期だったこともあり、上場企業を含むベンチャーの経営者がたくさんいました。

出資の話を受けた斎藤さんは、出店ではなくプロデュースの道を選びます。経営を知らなくて失敗したことへの反省がそこにはありました。レストランだけでなくバーや居酒屋、ダイニングなど多数の業態を手がけるだけでなく、ゼロからの立ち上げやテコ入れといったさまざまなフェーズも積極的に経験し、ノウハウを蓄積していきます。

「好景気だったこともあり、多数のチャンスをいただけたのも運が良かったと思います。最初の1年で約20店舗を手がけたのですが、その成功が次の紹介につながりました」

店舗プロデュースだけでなく、百貨店とおせち料理づくりに取り組むなど商品開発でも実績を積み重ねてきた斎藤さん。活躍のフィールドを広げていくうちに、日本の食文化に危機感を抱くようになっていきます。

「ここ数年、このままだと日本の食文化は衰退してしまうと思うようになりました。最大のきっかけはコロナ禍です。飲食業界が大打撃を受けている中で、料理人の数が激減しているんです。本腰を入れて育成する基盤をつくらないと、日本の食文化を継承していけなくなってしまいます。そうなると農業や漁業、観光業、調理器具や食器といったさまざまな産業に悪影響を及ぼすと思うんです」

実際、インバウンド観光客の日本の食に対する評価は非常に高いとされています。その担い手を生み出す基盤の整備をしなくてはならないと斎藤さんは強調します。

「私は海外の仕事も多いのですが、日本の食文化に対する注目度の高さを肌で感じています。日本の競争力を上げていくためにも、高いレベルの料理人を輩出し続けなくてはなりません。そのためには、ただ育てるだけでなく独立を支援する仕組みが必要です」

エグゼクティブのコミュニティ形成で「ワクワク」を創出したい

独立してしのぎを削るからこそ、さらにレベルも上がるというわけです。しかし料理人は、斎藤さんがそうであったように経営のプロではありません。金融機関などに融資を受けて独立したものの、返済に追われて料理やおもてなしよりも目先の売上を優先し、質を下げてつぶれてしまうのはよくあるパターンです。

「そうした悪循環に陥らないように、エグゼクティブの会員がタニマチになって支える仕組みを整えたいというのが『美味礼讃』を立ち上げた大きな理由です。資金だけでなく、経営のノウハウもコンサルティングすることで、才能ある料理人が料理に集中できる環境を整えたいと思っています」

いわばベンチャーキャピタル(VC)のような機能を持つ場所になるということでしょう。出資者であるエグゼクティブにとっては、美食を愉しむだけでなく、食文化の担い手が成長していく軌跡を“特等席”で見守ることは大きな刺激になるのではないでしょうか。エグゼクティブ同士の新たなコミュニティ形成につながることも期待できます。

「多くのエグゼクティブと接する中で、『遊べる場所がなくなってきた』『本物に接する機会が減ってきている』という声をよく聞きます。でも、本物はどうしてもお金がかかりますから、疲弊した日本で見つからなくなってきているのは当然ですよね。おかげさまで私はいろいろな機会に恵まれて成果を出すことができましたので、その恩返し代わりに本物を体験できる場をつくりたいと思っています」

今後、銀座だけでなく大阪、名古屋、福岡、仙台、北海道にも同様の美食倶楽部を展開し、食文化を守るタニマチのコミュニティを全国に広げていきたいと語る斎藤さん。目指すのは、エグゼクティブが愉しむための場所づくりだけでなく、「ワクワク」を創出することだと続けます。

「私は4人の子どもがいます。子どもたちが大人になったとき、『こんな国は嫌だ』とは絶対に言わせたくありません。常にクリエイティブな挑戦ができる、そしてみんなでそういう挑戦を支え合える国であってほしいのです。料理人の育成と独立支援を通じて食文化の継承をしていくことで、その一助となれればと思っています」

エグゼクティブだけが会員になれる美食追求のレストラン――。スペックだけを要約すると、選ばれた人だけが食を愉しむ場所に見える『美味礼讃』ですが、実は熱き情熱がかきたてられる空間なのではないでしょうか。ブリア・サヴァランの名著が哲学的な考察を促すように、日本の食文化を考察する場所となるかどうか注目です。

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株式会社D&CSuccess代表取締役 兼 Bulls Tokyoオーナー
斎藤雄大さん
全国100店舗以上のプロデュースを手掛ける傍ら料理人としても現役。さらに千葉県八千代市のPTA会長としても令和4年度文部科学大臣賞を受賞。

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