都内を普段歩いていて、凝ったデザインのマンホールをよく見かけないでしょうか。その歴史と近年の役割について、文教大学国際学部准教授の清水麻帆さんが解説します。
明治初期のマンホールは木製
突然ですが、映画『ローマの休日』で知られる「真実の口」、実はマンホールだったことをご存じでしょうか。
映画のなかで、新聞記者役のグレゴリー・ペックがオードリー・ヘプバーン演じるアン王女を「真実の口」へ連れて行き、「真実の口」の口に手を入れます。「嘘をついていると手を喰(く)われる」とからかうグレゴリーに、オードリーが驚き、必死で彼の手を引き抜こうとする――。
そんな「真実の口」はもともと、貴族の家に設置されていたマンホールだったのです。
なお、最古のマンホールはメソポタミア文明に作られたと言われており、インダス文明の古代遺跡・モヘンジョダロにも下水道が存在していたことが記録されています。
業界団体の日本グラウンドマンホール工業会(千代田区二番町)によると、明治初期のマンホールは木製の格子のふたで、日本初の下水道は神奈川県の御用掛(ごようがかり)だった三田善太郎が設計しました。
1881(明治14)年に横浜の居留地に敷設され、1884年から1885年にかけて鋳物製に交代。その最古のものが、神田下水(東京都)にあった「鋳物製格子型」であるといわれています。
現在の原型となるマンホールは、東京大学の教員で、内務省の技師だった中島鋭治が東京の下水道を設計する際、西欧のマンホールを参考にして作られたのではないかと言われています。これは「東京型」と呼ばれ、全国に広まった一方、名古屋の技師であった茂庭忠次郎が内務省に入ったことから、「名古屋型」も各地に広まりました。
海外で評価され始めた日本のマンホール
昭和30年頃になると、神戸市や大阪市が独自の型を使用するようになり、機能性だけではなく、ふたにデザインが施されたものが現れます。
1985(昭和60)年以降は、建設省(現・国土交通省)が下水道事業のイメージをよくするために、自治体独自のマンホールを推奨。その後、現在でもよく見かける色付けされたマンホールが登場するようになります。

デザインも多様化し、当初は自治体の紋章や植物などだったデザインが、自治体のマスコットキャラクターやアニメ・漫画コンテンツなどに変化しています。
その芸術性が評価され、海外で日本のデザインマンホールのアートブックが出版されたり、マンホール巡りをする人たちも出てきたりしました。
アニメコンテンツを使ったデザインも
こうした歴史をたどってきたデザインマンホールですが、東京都では現在、アニメ等のコンテンツを使ったデザインマンホールの製作・設置に取り組んでいます。
2021年4月以降、オリンピック・パラリンピック開催前までに、新たなデザインマンホールを10区27か所に設置しています。一部を紹介すると、
・新宿区:ゴジラ
・練馬区:銀河鉄道999、うる星やつら、あしたのジョー
・足立区:はじめの一歩
・葛飾区:こちら葛飾区亀有公園前派出所
などです。
これらのデザインに使われているコンテンツは、その地域にゆかりのある、または何らかの関係のあるものが採用されています。
例えば「はじめの一歩」が足立区のデザインマンホールとなった背景には、作者の森川ジョージさんが同区の出身であることが関係しています。

足立区役所(足立区中央本町)では2021年4月19日から23日まで、足立区のマンホール展が開催され、そこにも展示されていました。
主人公・一歩とライバル・千堂との対戦場面などがデザインされ、足立区内3か所(北千住駅東口ロータリー交番付近、梅島駅周辺、西新井・ギャラクシティ入り口前)に設置される予定です(具体的な日程は未定)。
デザインマンホールと観光振興
すでに設置されているものでいえば、
・千代田区:鉄腕アトム
・世田谷区:ウルトラマン
・渋谷区:3月のライオン
・北区:東京都北区赤羽、のらくろ
・府中市:ちはやふる
・多摩市のハロー・キティ
・調布市:ゲゲゲの鬼太郎など
など、ほかにもたくさんのデザインマンホールがあります。

これらも同様に、各地域とゆかりがあります。
世田谷区には、ウルトラマンの生みの親である円谷プロダクションが立地していました。また、鉄腕アトムは「お茶の水小学校」に通っており、お茶の水博士などお茶の水の地名にゆかりがあることから設置されました。
また「3月のライオン」は主人公の桐山零がプロ棋士という設定で、桐山が対局に訪れていた将棋会館や、将棋の王将の駒が納められた将棋堂のある鳩森八幡神社が渋谷区千駄ケ谷にあるため、同地に設置されています。
そのほか、自治体独自のマスコットキャラクターが描かれているものもあります。このように、昨今のデザインマンホールは、下水道のイメージアップから観光振興へと、その目的を変化させています。
デザインマンホールで地域の魅力発見
例えば足立区のデザインマンホールは、マスコットキャラクターの「ビュー坊」が区内7か所の名所を紹介するデザインとなっています。
足立区といえば、関東厄よけ三大師のひとつでもある西新井大師(足立区西新井)が有名ですが、それを背景にビュー坊がだるまを抱えるデザインマンホールがあります。だるまを抱えているのは、節分に西新井大師で「だるま供養」が行われていることが関係しているのでしょう(場所:西新井西口バスロータリー付近)。

そのほかにも、ビュー坊が足立区の花火を見上げているもの(場所:北千住東口交番前)や、ビュー坊がしょうぶ沼公園(同区谷中)を散策しているもの(場所:綾瀬駅西口・通称ハト公園向かい側)、ビュー坊が東京武道館で柔道着を着ているもの(場所:綾瀬駅東口みずほ銀行前)、ビュー坊が葛飾北斎の浮世絵「隅田川関屋の里」の絵の中に入り込んでいるもの(場所:東武牛田駅・京成関屋駅プチテラス前)などがあります。
メディアとしてのマンホール
こうしたデザインマンホールは、私たちの生活に欠かせない下水道のふたというインフラとしての機能はもとより、現在では芸術品、観光スポットとしての役割を果たすようになっており、「マンホールツーリズム」とも言えます。
加えて、デザインマンホールは地域の人が地域の魅力を再認識するだけではなく、域外の人に来てもらうという機能も同時に果たしているのではないでしょうか。そういう意味において、地域資源や魅力発信のメディア(媒体)としても機能しているのです。
一方、筆者もそうですが、多くの人はいつも通っている道のマンホールをじっくり見ることはないでしょう。コロナ禍でマンホール巡りはできませんが、近所にデザインマンホールがあるのか、また、それが何のデザインなのか、ということを調べれば、地域と歴史に関して新たなプチ発見ができるかもしれません。