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知
疫病予防にとりあえずビール!?東京新橋発の明治時代ビアホールブームの真相とは
1899(明治32)年に東京の新橋で生まれたビヤホール。開店と同時に一大ブームとなり、東京各地に雨後の筍のごとくビヤホールが増殖していきました。なぜビヤホールは明治時代の人々の心をとらえたのでしょうか? 『串かつの戦前史』において、東京におけ... -
知
サッカーと傘(カサ)の不思議な関係?昔は「カサ」で今は「サッカー」の街 御茶ノ水・湯島エリアの坂道話
日本サッカー協会のあるサッカー通り。この場所は江戸の昔、傘づくり職人の住まう地でした。カサとサッカー、不思議な歴史のご縁を旅行ジャーナリストのシカマアキさんが解説します。 【江戸時代は史跡や神社、藩邸などがあった界隈】 日本のサッカーフ... -
食
吉原の馬肉店は24時間営業だった!なぜ桜鍋(馬肉のすき焼き)は深川と吉原の名物なのか
東京伝統の馬肉のすき焼き=桜鍋。現在も深川や吉原に老舗がありますが、戦前も桜鍋といえば、深川と吉原の名物でした。なぜ馬肉店は深川と吉原に多かったのでしょうか?そしてなぜ、吉原の馬肉店は24時間営業だったのでしょうか?『串かつの戦前史』に お... -
知
メイドカフェブームの原点は上野にあり!? 115年前の博覧会とは
明治時代末に銀座で巻き起こり、全国に広がっていったカフェーと女給のブーム。そのはじまりは1907(明治40)年に上野で開催された東京勧業博覧会にありました。いったい博覧会で何が起こったのか、そもそもなぜ、女性給仕がブームになったのか。洋食の大... -
食
文明開化の味「あんパン」。そのルーツは欧米ではなく中国にあった?!
明治時代初期に発売され、全国的なヒット商品となった木村屋總本店のあんパン。欧米文化が流入した際に発明された「和洋折衷」文化の象徴とされるあんパンですが、実は当時の欧米文化とは関係のないものでした。意外なそのルーツを食文化史研究家の近代食... -
食
野口英世が通った東京一の牛丼屋。その意外な具材とは?
明治30年、学生時代の野口英世は、東京一と評判だった本郷の牛丼店に通っていました。その牛丼の具材は、現在の牛丼の具材とは全く違っていました。著書『牛丼の戦前史』において牛丼の起源および歴史を明らかにした、食文化史研究家の近代食文化研究会さ... -
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上野風月堂でも!? 様々なグルメに活用されていた不忍池の蓮
東京の蓮の名所といえば、上野の不忍池(しのばずのいけ)の蓮。現在ではもっぱら鑑賞するだけですが、戦前は様々な形で食のシーンに活用されていました。東京の食卓を彩った不忍池の蓮について、食文化史研究家の近代食文化研究会さんが解説します。 【食... -
知
安産・子育守り「すすきみみずく」を消滅から守る(後編)ー職人が作り方を教えなかった理由
昭和40年代、東京の郷土玩具「すすきみみずく」の職人はわずかとなり、後継者難が叫ばれるようになりました。その一方で、職人たちは作り方を人に教えようとしませんでした。理由は何だったのか。筆者はその答えを、亡くなった職人たちが作ったみみずくを... -
食
江戸時代の天ぷらは”メッキ”をしていた!? 衣と天つゆが変わった理由に迫る
江戸時代の天ぷらは、衣の小麦粉、天つゆ、タネの魚介類にいたるまで、様々な点において現在の天ぷらとは異なっていたようです。銀座の老舗天ぷら店天國(てんくに)の二代目店主、露木米太郎の話などをもとに、食文化史研究家の近代食文化研究会さんが江... -
食
誰が名付けた福神漬?名前の由来と不思議な形をした具の正体に迫る
カレーのお供として有名な福神漬。東京上野の老舗酒悦が生んだこの漬物には、なぜ「福神」という名前がついているのでしょうか?そして福神漬には、見慣れない野菜が入っています。剣(つるぎ)の形をした、なた豆です。なぜ福神漬にはなた豆が入っている...


