虎ノ門のサーバー管理会社が、サバ缶を配る活動を続けています。一体なぜなのでしょうか。
ひたむきにダジャレを具現化。サバ缶を配るサーバー管理会社
世は空前のサバ缶ブーム。供給が追いつかないとの声も聞こえてきます。
そんなサバ缶を、ブーム以前から仕事の相棒とし、取引先などへ配る活動を続けるIT会社があります。その名は「スカイアーチネットワークス」(港区虎ノ門)。同社の主な業務内容は「サーバー管理」です。
2012年からサバ缶を配る活動をスタート。2015年にはオリジナルのサバ缶を完成させ、現在もなお、配り続けているのだといいます。なぜそんなにも熱心に「サバ缶」を配り続けるのでしょうか。同社のオフィスを訪ねました。
きっかけは逆転の発想 「どうせディスられるなら、思い切りギャグに」
「もともとは自虐だったんです」
そう話してくれたのは、同社の専務取締役 高橋玄太さん。なぜ自虐なのか。それは、同社の業務が「サーバー管理」という、目には見えない、けれどもインフラが機能するために欠かせない仕事であることに紐づいています。
インフラ――たとえば鉄道、水道、ガス、電気、電話、インターネットなどは、問題がない時にはその恩恵について語られることが少ない一方で、ひとたび問題が起こると激しく糾弾されることがあります。
サーバー管理もしかり。ゲームやサイトのサーバーがダウンした時などに、サーバー管理者を「鯖缶」という隠語で呼びながら、彼らへの非難の言葉をネット掲示板などに書き込む人も存在します。ゆえにIT界隈では「鯖缶」は缶詰以外の意味も持つ言葉として知られています。
同社は、そんな「鯖缶」を逆手にとりました。「どうせディスられるのなら、思い切りギャグにしてしまおう」という逆転の発想で、名刺がわりにサバ缶を配る活動を2012年に開始。スーパーで買い集めた100円くらいのサバ缶に自社のロゴシールを貼り、お客さんに配っていたといいます。
「『僕たち、サーバー管理屋なんで、サバ缶を持ってきました!』と言いながら渡していました。アイスブレイク(初対面の人同士が出会う時、その緊張をときほぐすための手法)になるんです。営業担当からは『お客さんとの話のきっかけになる!』と大好評でした」(高橋さん)
その瞬間だけでなく長期的に、渡した相手の記憶や空間に残りやすいのも良かったのだとか。
「缶なので、かさばるんですよね。そのうえ食べ物だから捨て難いじゃないですか」
サバ缶の評判は上々。ですが特定の流通経路を持っていなかったため、欲しい数を手に入れることが難しくなってしまったといいます。そこで浮上したのが、缶詰製造企業へ直接依頼し「オリジナル缶詰をつくってもらうこと」。ただ、なかなか容易にはいきませんでした。
「缶詰会社の問い合わせ窓口に『オリジナルの缶詰つくってくれませんか』と連絡を入れてみたりもしたんです。見事に無視されてしまい、返信すら来ない状況でしたが、どうにかオリジナルをつくれないものかと考えていました」
「サバ」検索で見つけた出会いからオリジナル缶が誕生
打開策を見つけたい。そんな思いを胸に毎日インターネットの海に向け、「サバ缶」「さば」「鯖」「サバ」とキーボードを叩いては、検索ボタンを押し続けたという高橋さん。ある日ふと「さばのゆ」のウェブサイトに行き着きました。さばのゆとは、世田谷区経堂にある、銭湯のような、屋台のような、寄席のようなイベント酒場です。
「面白そうだなぁと思い、店主の須田さんに『僕らはサーバー管理をやっている会社なんですが、さばのゆさんと仲良くなりたいと思っています』と連絡して、お店を訪ねたんです」(高橋さん)
サバ缶を渡しながら社の活動を伝えたところ、笑いが起こり、一気に距離が縮まったといいます。
「須田さんはコメディライターでもあるんですが、それもあってか、僕らの取り組みを面白がってくれました。『そんなこと、真面目にやってんですか』って(笑)。それで『今、オリジナルのサバ缶をつくりたいと切望しているところなんです』という話をしたんです」
須田さんはあるサバ缶を紹介してくれたといいます。それを一口食べた高橋さん、大きな衝撃を受けたのだと当時を振り返ります。
「僕、缶詰があんまり好きじゃなかったんですよ。缶詰が進化していることをよく知らなかったというのもあるのですが。でもその缶詰を食べたら、ええ、なにこれ!というくらいに美味しくて」
「朝採れたばかりの、刺身に出来るくらい新鮮なさば(金華さば)を、生のまま缶に詰めて、そこに味噌をかけているんですね。『フレッシュパック製法』という製法で、ふたをした後に加熱調理されているんです。缶が圧力鍋のような役割を担っているので、とても味がしみて、美味しくなる。これはすごい!と思いました」
そんな絶品のサバ缶を製造するのは、日本有数の漁港、宮城県の石巻漁港の近くに工場を持つ「木の屋石巻水産」。こだわりの製法を守りながら、高付加価値の缶詰をつくる生産者です。
「須田さんと一緒に木の屋石巻水産へ出向いて、社長や副社長にも直接お会いして。そこで一緒にやりましょうという話になり、オリジナルの『サーバー屋のサバ缶』が誕生しました」
世田谷区経堂の人たちと被災地とをつないだ缶詰
須田さんと木の屋石巻水産との間には、2011年3月11日に発生した東日本大震災より以前から交流がありました。震災時には、津波に工場を奪われてしまった木の屋石巻水産。その再建の足がかりをつくったのは、さばのゆやその周辺の住民だったといいます。
「当時の木の屋石巻水産さんは、業務停止を余儀なくされていました。ただ、缶詰の在庫はあって。地中に埋まっていたんですよ。うち何個かを、木の屋石巻水産の営業担当者が、さばのゆに持ってきたんだそうです。『召し上がってください』と」(高橋さん)
見た目は、津波のヘドロで真っ黒でしたが、缶詰なので中身に問題はありません。経堂周辺の人たちは、その缶詰を洗浄。義援金300円ごとに1缶手渡す活動を、数か月間に渡り続けたといいます。義援金と交換された缶詰は22万缶にのぼりました。
「そこで集まった寄付が、工場の再建のきっかけになったのだそうです。木の屋さんの缶詰は、世田谷区経堂の人たちと被災地とをつないだ、謂(いわ)れのある缶詰なんです」
コストは4倍に。でも人の気持ちに刺さる度合いは100倍に
繋がりが新たな繋がりを生み、誕生した「サーバー屋のサバ缶」も、被災地の子どもたちを応援する活動への寄付を行っています。
「東日本大震災では、今まで当たり前に存在していたかけがえのないものが、その瞬間を境に崩れ去ってしまいました。一方僕らは、ネット環境が当たり前に使えるよう守るための仕事をしています。
ふだん当たり前だと思ってることが、実は当たり前ではないということを、忘れないでいたり、思い出すことには意味があると考えています。そんな思いは、この缶詰に象徴されているのでは……とも思っています」
なお、金額面にもダジャレ力は遺憾なく発揮されており、寄付金額は売上の38%。販売価格も380円です。
(※注:残念ながら、2019年3月現在「サーバー屋のサバ缶」の一般販売は停止中です。サバブームの影響を受け、一般販売可能な数を確保することが難しくなってしまったとのこと。ただし、同様の中身が入った商品は「金華さば」として、木の屋石巻水産から販売されていることがあります)
「初号機(スーパーで調達していた100円くらいのサバ缶)より、4倍くらいコストが上がっているんですけど、人の気持ちに刺さる度合いを考えると、もう4倍どころじゃなくて。100倍はいっていると思います」
ただでさえインパクト抜群でありながら、衝撃的なまでに美味しいサバ缶。たしかに、手渡された人の心を強く撃ち抜く力を持っていることは想像に難くありません。
なお、スカイアーチネットワークスでは、サバ缶以外にもダジャレの具現化が行われています。その名も「食らうど!ラムダカレー」。
「これ、説明がちょっと難しいんですよね。ラムダっていう数学の関数があるんですよ。今僕たちは、AIとかクラウドを扱っているんですが、そこで使う関数(ラムダ)とラムカレーをかけました」
「カレーは、経堂のインドカレー屋『ガラムマサラ』のインド人シェフと一緒につくっています。缶詰は、木の屋石巻水産さんに無理を言ってつくってもらいました」
ダジャレ具現化第3弾にも意欲的で、「常にネタを探しているのですが、ラムダカレー以後、なかなか思いつかなくて。毎日毎日考えているんですけどね」と話してくれた高橋さん。新たなるダジャレ商品が誕生する日を待ちわびたいと思いました。
※掲載情報は2019年3月時点での情報です。